母の遺骨を背負って歩いた日、なぜかとても満たされていた。

一周忌 


 あれから一年が経った。
早いような遅いような、未だ実感のない…

ある日ふと、「ただいまー」と言って帰ってきそうな気がしてしまう。

母の命日。
お寺での一周忌法要を行うため、家を出た。
たくさんの持ち物を抱えて。

一番大切なものを、リュックに仕舞った。
随分と、コンパクトにまとまった母。

そういえば私が幼い頃は、母が私を背におぶってくれていた。
そして今は、私が母のお骨を背負って歩いているのだな。

そう思うと、何だかじんわりと胸が温かくなってきた。
そして、その道程を歩いた、母とともに。

積み重ねた長い年月を、背中に感じながら。
それを「一歩」「一歩」、確かめるように…

 あの時は、私をおぶってくれていた母も、まだ若かった。
私が成長する毎に、年老いていく母の背中は、段々と小さく丸くなっていった。

いつも母の背を見て育った私は、そんな丸くなった母の背中も、好きだった。

そして母の背中の変化は、私自身も成長したのだと、気付かせてくれるものであった。

女手一つ、子供3人抱えて


 働きづめだった母のゴツゴツした手と、ひん曲がった指を、私は、とても美しいと思った。
それから、自分の手と母の手を見比べて、まだそこまでの労働を知らずにいたこの手を、恥ずかしく思った時期もあったな…。

だけどね、
その時の私と、同じ年齢だった頃の母は、おそらく私のような苦労は、してこなかったのだろうと思うんだ。

両親がいて、持ち家があって、学費も親が払ってくれていたようだから。
私は、母子家庭で、借家で風呂無し、学費は自分でバイトをして稼いだ。

比べるなら、条件を同じにしなければ公平じゃない。



 こんな風に今は、自分自身に対してもフェアな見方が、できるようになってきたんだ。

心配ばかりされてきたけど、私もこの人生を通して、学んだことはたくさんあるんだよ。

罪悪感と親孝行

「もっとしてあげられたはず…」
「あんなこと言わなければ…」
ふとした瞬間に浮かんでくる、後悔の念。

でもこれだけは、親孝行だったと思えることが、一つある。
それは、
あんなに辛くて悲しい想いを、母にさせずに済んだこと。


 子が親を見送るのは、とても悲しいこと、だけどきっと、それが自然の順番なんだ。
だから、私が親に見送られなくてよかったと、心底思う。

もちろん、世の中にはそうはいかないこと、いかなかったこともたくさんあるのだろうけれども。

ただ、この事実だけは、今も時折やってくる罪悪感から唯一、私を救ってくれる確かなものなのだ。

母に誓った個人事業

 法要当日の朝。
荷物を整理しながら、この日の為に新調したスーツに着替えていた。 

身支度をし終え、心静かに一人、鏡の前に立つ。
そこに映る自分自身を見た時、なぜかふいに、ある決意が湧き起こってきた。

『私、この事業をやり遂げるよ!』と。


「開業した。」
と話した事はあった。
でも、応援してくれていた訳ではなかった。

普通を望む母とは、根本的に価値観が合わなかったから。

それを承知で打ち明けた。
どうせ、言っても否定されるだけだろう。
それでも話したのは、それでも、理解してもらいたかったから。

約束は出来なかった。
結果を約束することは、今も出来ない。
だから、過程を誓った。

やり遂げること、悔いなく貫き通すことを、私も。

母のように。 いつかきっと…

何も失ってはいなかった

 お骨になって帰ってきた、母のためにこしらえた、簡易な祭壇。
いや、祭壇だなんて、とても言えないけど。



 この一年間、毎日朝と夕に、遺影や遺骨に手を合わせていた。
供養のためでもあり、それから、私自身のためでもあった。

たましいというものを、どこかで信じていた。
母の御霊が無事に、安らかなところへいける様、ただ一心に、祈った。

 己の罪悪感からか、母が亡くなってしばらくは、悪夢にうなされる日々が続いた。

なぜか、私の服を着た母が、鬼の形相で、こちらを睨んでいる夢…。

私にできること、それは、ただただ毎日欠かさず、供養を続けること。
これだけは、何が何でも。必ず!

 そうして無事に、一周忌を迎えたころ、この身を包む空気感は、明らかに変わっていた。

 『母は今、大きな愛の光となって、いつも私の頭上で、明るく照らしてくれている。』

そう、感じるようになってから、喪失感は消えていった。
代わりに安堵感が、この心に広がってきた。
そして今はもう、感謝しかない。

 私は、母という偉大な存在を、失ったと思っていたけど、そうじゃなかったんだ。

むしろ、母娘おやこを超えた繋がりへと、なっていけたのかもしれないよ。

そのままに、そのままで。

 遺品整理は、心の整理なのかもしれない。
だったら、私はまだ、それが出来ないでいる。

一周忌の法要から、少し時が経っても。
たとえ、新たな繋がりを、感じられたとしても。

その一つ一つに、まだ残る、何かがあるから…

それでよい。

それを執着だとは、思わない。
人それぞれの、タイミングを尊重すればいいだけ。

 この暮らしの中から、「行ってきます」や「ただいま」を、失くしたくはないから。

この家の中から、母の気配が、消えてしまわない様に。

そのままに、そのままで。

私はわたし、母と違ってよい

 母への敬意と、自分を信じること。
その違いを、思い悩んだ時期もあった。

母とは別のルートを選択することは、母の人生を否定することに、なりはしないかと。

でも今なら、こう思える。
重要なのは、どんな道かよりも、その『生き様』なんだ、と。

なにも母の人生を、なぞる必要はない。

私は私の、人生を生き切る。

 そしてこれは、とても不思議なんだけど。
あの日、母の遺骨を背負って、歩いた日。
私は自らの意思で、そうしたいと思えたんだ。

今もそう。
決して、義務感でやってない。

自分が自然に、「背負いたい」と思えた時。
それが、その人のタイミングなんだ。

大切な何かを背負う。
それはその人を、本物の大人に、していくのかもしれないね。 

 私の背中は、居心地がいいかな。

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